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急拡大するサブスクリプション市場

=利用者と企業を惹き付ける秘密=

2019年08月20日

内外政治経済

研究員
清水 康隆

 最近、料理をするのが楽しくなってきた。といっても趣味の話ではない。結婚当初から共働きの筆者の家庭では家事を分担、週2〜3回は夕飯を受け持つ。栄養バランスを考えながら、献立を選ぶのはなかなか頭が痛い。冷蔵庫にある食材とにらめっこし、足りない食材は仕事帰りに買い物...。準備段階からひと仕事になり、肝心の調理では手際の良さも求められる。主婦の大変さが分かると、「当番」の日が正直憂鬱である。

 そんな時に出会ったのが、料理レシピを閲覧できるサービスだ。月280円(税抜き)を支払えば、旬の食材や冷蔵庫の残り物を使ったおススメの料理レシピが表示される。調理時間や主菜・副菜の選択なども細かく指定できる。使い始めて数カ月経つが、今ではこのサービス無しではわが家の食卓は成り立たない。「味も良くなった上に、レパートリーも充実してきたね」と妻の評判も上々だ。

 音楽聴き放題、動画見放題、家計管理...。毎月の支出を改めて見ると、定額制サービスの利用が増えている。数えてみたら両手は必要。実はこの料理レシピサービスも、その一つなのだ。こうしたサービスを総称して近頃、サブスクリプション(=サブスク)と呼ばれるようになった。

 そもそも、サブスク自体は目新しくない。新聞や雑誌の定期購読は英語の「subscription」であり、かつての牛乳宅配や現代のスポーツジムなども一定料金という点では同じだ。しかし昨今では、デジタルコンテンツを中心にさまざまな分野で同様のビジネスモデルが浸透。一定期間内は制限なく、利用できるという利便性が大いに受けている。

 サブスクモデルに詳しいNTTグループのシンクタンク、情報通信総合研究所小川敦・主任研究員によると、広がるきっかけは2010年代初め。「画像編集の代表的なソフトウェアが、従来の売り切りモデルから定額モデルにかじを切ったことで、他のデジタルサービスに広がった」と指摘する。

 音楽の聴き放題や動画の見放題といったサービスがそれであり、背景には「モノ」から「コト」へ消費の軸足が移ったことがある。それにとどまらず、サブスクは次第に「モノ」にも応用されるようになる。自動車や家具、住居でもサブスクを前面に打ち出す企業が登場するなど、市場は急拡大しているのだ。

サブスクリプション型サービスの例

20190820‗01.jpg(出所)各種報道を基に作成

 なぜここまで浸透したのか。最も大きいのは通信ネットワークの整備だろう。情報通信総合研究所の岸田重行・上席主任研究員は「インターネットによってサブスク化が加速された面はある」と指摘する。かつてはお気に入りの音楽はCDショップに出向いて購入する必要があったが、今ではネットを介して買うのが当たり前。つまり、「モノ」が「サービス」に置き換わったのだ。

 さらにここ数年、高速通信網の整備が進んだことで、大容量のデジタルコンテンツの入手も容易になった。動画のサブスクはその代表例といえる。

 データやソフトウェアを企業側に預けるクラウドサービスが普及したことも、サブスクの普及を後押しした。ネットにさえ繋がっていれば、手元のコンピューターに大きな記憶容量を用意しなくても、利用できるようになったからだ。

 また、「所有」から「利用」に重きを置くという、人々の価値観の変化も影響していると思われる。高度経済成長期には、豊かさの象徴としてカラーテレビ、クーラー、クルマの「3C」に象徴されるように、購買意欲をそそられるモノが次々に現れた。所得の伸びにも支えられ、日本人の財布の紐は緩みっ放しだった。

 しかし、経済が成熟期を迎えた今、だれもが手に入れたいと思う新商品はそう現れるはずもない。世の中にモノがあふれ、好みが多様化したからだ。所得の伸びが見込めない以上、買って所有するよりも、「利用料を負担する感覚で済む、サブスクのほうが合理的」と判断する人が増えている。

 特に自動車などの高額品であれば、サブスクによってお試し感覚で利用でき、気に入らなければサービスを中止すればよいため、敷居が格段に低くなる。岸田氏は「レンタルよりも利用頻度が高いけど、買うほどではないという消費者に、サブスクはマッチするのだろう」とみる。

 一方、サービスを提供する企業側は、サブスクによって敷居を下げれば、新規顧客を獲得できるという点に大きなメリットを感じているようだ。従来の売り切りより単価は下がるかもしれないが、顧客を長期にわたり囲い込める。

 加えて企業にとっては、サブスクを通じて利用者と直接かつ継続的に繋がる点も大きな魅力だ。特に製造元と利用者の間に、卸や小売りなどが介在している業種では、ニーズを把握するのが難しい。利用者とダイレクトに繋がれば、企業は市場トレンドの迅速な把握ができるだけでなく、個々の利用者に特化した緻密なマーケティング戦略の立案が可能になる。

 まさに百花繚乱状態のサブスクモデル。今後、この古くて新しいビジネスはどう展開していくのだろうか。

 確実なのは、通信環境のさらなる進化で追い風が吹くということだ。2020年以降、次世代通信規格「5G」の本格導入が始まれば、大容量・超高速の特性を生かしたデジタルサービスの利便性はますます高まる。利用者にとっては「使ってみよう」という動機付けになり、企業側にもサブスク市場への参入意欲を促すことになる。

 ただ、市場拡大にはある時点でブレーキは掛かるだろう。利用者の財布が一つしかない以上、負担できる金額には限度があるからだ。利用者がサービスに費やせる時間も無限ではない。となればやがて始まるのは利用者によるサービスの取捨選択である。

 恐らくその場合は、同業の競合同士の比較では済まされず、ジャンルの垣根を越えて選別されるだろう。買い切りと違って、サービスを中止しやすいところも、企業側にとっては試練となる。「財布の中で生き残りを図るため、異種格闘技戦が繰り広げられるだろう」―。小川氏はサブスクビジネスの未来をこう予想する。

20190820‗02.jpg情報通信総合研究所の岸田重行・上席主任研究員(左)、小川敦・主任研究員(右)

 企業側も、サブスクに向き不向きがあることに早晩気付くだろう。とりわけ「モノ」に関しては、利用者が出向く必要があったり、飽きられたりで想定通りの集客ができず、撤退を決めたところもある。また、サブスクと名を冠しているだけで、従来のリースやレンタルとほとんど違いがないといったケースも見受けられる。

 それでも筆者は、今後もサブスクを積極的に活用してみたいと思う。参入企業の意欲や熱意、活力を肌で感じることができるからだ。もちろん、どのサブスクを継続するのかといった判断基準は設けるつもりだ。端的に言えば、支払った金額に対してどれだけの「納得感」があるか。こうした視点を常に意識しながら、サブスクビジネスの展開を見つめていきたい。

(写真)伊勢 剛 RICOH GRⅢ

清水 康隆

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※この記事は、2019年6月28日発行のHeadLineに掲載されました。

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